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最高裁判所第二小法廷 昭和61年(行ツ)153号 判決

上告人 櫻井富三男

被上告人 東海財務局長 ほか一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人永田水甫、同村瀬昌弘の上告理由について

たばこ専売法三一条一項三号の規定は、小売人の営業所の位置変更の許可についても類推適用されると解すべきであり、上告人の本件許可申請につき同号及びたばこ小売人指定関係規程二二条二項、五条一項二号に該当するとしてされた本件不許可処分は適法であるとした原審の判断は、その適法に確定した事実関係のもとにおいて、正当として是認することができ、右のように解しても違憲の問題を生ずるものでないことは、最高裁昭和三八(あ)第三五号同三九年七月一五日大法廷判決(刑集一八巻六号三八六頁)の趣旨に徴して明らかである。論旨は、いずれも採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 牧圭次 島谷六郎 藤島昭 林藤之輔)

上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな憲法の違背がある。

すなわち、上告人に対してなされたたばこ小売人の位置変更不許可処分の根拠となるたばこ専売法(昭和二四年五月二八日法律第一一一号、昭和六〇年四月一日施行の昭和五九年法律第六八号により廃止。以下「法」という。)三一条一項三号、たばこ小売人指定関係規程二(以下「規程」という。)二条二項、五条一項、二項の定める距離制限は、憲法二二条一項により保障される国民の営業の自由を侵害するものであり、違憲無効なものである。

以下、違憲の理由を詳述する。

一 そもそも、国民の営業の自由の制限には、福祉国家的理想の下における社会経済政策実施のための積極的規制の場合は、立法府に広範な裁量権が認められる。しかし、その他の消極的規制の場合、より制限的でない他に選び得る手段がないかなど検討し、その規制が合理的な最小限度の規制であるか、厳密に検討されなければならない。特に本件のような距離制限では、それに抵触する国民は個人の力では獲得できない「客観的要件」により、全く職業選択の自由を奪われてしまうことになる。距離制限は、職業選択の自由そのものに対する強力な制限である。そのため、距離制限の必要性についてはより厳格な判断基準が求められるべきである。

また、制限の目的、方法についてその必要性を判断するとき、それが単なる観念上の可能性では不十分である。その判断を正当化するに足る社会的事実に立脚して合理的に判断されなければならない。

二 原審は、一定地域に必要以上にたばこ小売店が競合すれば、常時、ある程度の売れ残りが発生し、たばこの品質低下を招くおそれがあるとし、距離制限はその防止のための合理的規制であるとする。

しかし、たばこ小売店の競合により、たばこの売れ残りが社会的に看過しえないほどの規模で発生するとする確実な根拠はない。

また、もしその発生の可能性があるとしても、国民の営業の自由を尊重するならば、他に選びうるより制限的でない方法をもつて対処すべきである。たとえば、たばこ小売店に対する指導監督を強化したり、納品後一定期間経過後には回収し、右回収率如何によつてその後の納品を規制する等の方法がありうる。このような方法では、品質低下を防止できないとする根拠はない。より制限的でない規制によらず、距離制限により一律に営業を禁止しようとする事は、もはや必要最小限度の合理的な規制とはいえない。

三 原審は税収確保を合憲性の根拠の一つとしているが、これも合憲性の理由にならない。

原審において被上告人も主張しているように、一定地域内のたばこに対する需要量は、当該地域に存在する営業所の数にかかわらずおおむね一定していると考えられる。むしろ、営業所の数が増え自由競争が行われれば、その地域内の需要量、すなわちたばこの消費量は増加すると考えられる。そうであるならば、たばこ小売店の距離制限がないほうが税収の確保という目的にはかなうものである。

また、たばこ販売業者はたばこを仕入れるにつき消費税を含むたばこ代金を前払いしなければならない。したがつて、たばこ販売業者が倒産しても税収の確保には消長をきたさない。

原審は、多くの営業所が競合すれば零細化した小規模営業所の濫立に伴つて効果的な指導監督の実施や専売事業の効率的、経済的運営が阻害され、ひいては国の財政収入にも悪影響を及ぼすとしている。

しかし、効果的な指導監督の実施や専売事業の効率的、経済的運営が阻害されるとするのみでは具体的にどのような弊害、どの程度の不利益が生ずるのか不明である。その弊害・不利益の可能性は、単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認められない。

またもし、そのような弊害・不利益が生ずるとしたならば、発生した具体的な問題ごとに対処の方法をとるべきである。一括して距離制限により問題を回避しようとするのは、公共の福祉よりは政府の便宜を優先させているものである。

さらにもし、たばこ消費税の確保のために距離制限が必要とされるならば、そのほかの物品税の確保のためにもその必要性があることになる。そうなると、この基準は、各種の営業に波及し、憲法の保障する自由競争の原理は崩壊することになる。

したがつて、税収確保という目的は、距離制限の合憲性の根拠になりえない。

四 原審の理由とするたばこの均等供給も合憲性の根拠とはならない。

均等供給という規制目的の意味は、全国いかなるところでも同一品質のたばこを同一金額で販売するという意味であると思われる。

たばこ小売店の遍在による消費者の不便については、距離制限を設けてもたばこ小売店のない場所に設置する効果を持たないことは明らかである。最高裁判所の判例においても「薬局等の設置場所の制限が間接的にもその分布の適正化を助長するという効果をどこまで期待できるかは大いに疑問であり、むしろその実効性に乏しい」としている。

(最判昭和五〇年四月三〇日民集二九巻四号五七二頁)

また、あえて不便な場所に営業所が設置されたとしても、これを積極的に防止する必要性はない。

また、距離制限により品質劣化を防ぎ同一品質を維持することは不合理であること、前記の通りである。

したがつて、均等供給という目的と距離制限という規制との間には合理的関連性はない。

五 以上のように、原審が距離制限を合憲とする品質劣化の防止、税収の確保、均等供給の何れの理由も合理的根拠がなく、距離制限をしなかつた場合の弊害は単なる観念上の可能性にすぎない。他方許可制のもとで不許可処分を受けた者は、希望するたばこ販売業の開業自体を完全に抑制されて職業選択の自由を全面的に剥奪されるから、その不利益は著しく重大である。距離制限により国民の職業選択の自由を全く奪つてしまうことは、もはや最小限度の規制とはいえない。

本件距離制限は、全体としてその必要性と合理性を肯定することはできず、憲法二二条一項に違背し、無効である。

なお、昭和五九年の法律の改正により、たばこの専売制が廃止され、たばこの販売は原則として自由とされた。このような状況を本件距離制限の違憲性の判断に当たつて御考慮頂きたい。

第二点 原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

すなわち、法は、新規の小売人指定については距離制限の根拠規定(法三一条一項三号)を置いているが、既存の小売人の位置変更許可申請については、このような規定を置いていない。したがつて、通達であるにすぎない規程およびたばこ小売人指定関係規程運用要領(以下「運用要領」という。)によつて、憲法が国民に保障している営業の自由を制限することは許されないから、右規程及び運用要領のみを根拠とする本件不許可処分は違法である。

以上いずれの論点よりするも原判決は違法であり破棄されるべきものである。 以上

【参考】第二審(名古屋高裁昭和六〇年(行コ)第九号 昭和六一年七月二九日判決)

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一 控訴人は「原判決を取消す。被控訴人東海財務局局長(訴訟承継前日本専売公社中部支社長)が控訴人に対し、昭和五六年七月二一日付でなしたたばこ小売人の位置変更不許可決定処分を取消す。被控訴人東海財務局局長(訴訟承継前日本専売公社中部支社長)が控訴人に対し、昭和五七年八月一一日付でなしたたばこ小売人資格喪失処分を取消す。被控訴人日本たばこ産業株式会社(訴訟承継前日本専売公社)は控訴人に対し昭和五七年八月一二日から右処分の取消に至るまで一か月金五万九七〇一円の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、第二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。

二 当事者双方の事実上法律上の主張並びに証拠関係は左記1ないし4のとおり付加訂正し、左記5ないし7のとおり追加するほかは原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

1 原判決三枚目裏五行目の「たばこ専売法(以下、単に「法」という。)」とあるのを「たばこ専売法(昭和二四年五月二八日法律第一一一号、昭和六〇年四月一日施行の昭和五九年法律第六八号により廃止。以下単に「法」という。)」と改める。

2 原判決八枚目表一行目「同町四六所在の○○喫」の空白部分に「ZZ」を加える。

3 原判決八枚目表六行目のあとに次のとおり加える。

「事例〈6〉

瀬戸市さつき台一丁目三番地の琴屋米穀店の一軒南側で、また同一丁目一八番地の櫛田商店の一〇軒位北側の同一丁目五番地の酒の富士屋が昭和六〇年四月ころ指定を受けた。」

4 原判決二二枚目裏一行目のあとに次のとおり加える。

「また控訴人が主張する事例〈6〉のような指定がなされたことは認めるが、これは、運用要領2、5、(3)、ロ、(ホ)に該当し、標準距離の適用が除外されたので、既指定の二軒のたばこ小売人に近接した位置にもかかわらず、小売人の指定がなされたのである。そして控訴人の申請は右の運用要領の場合に該当しないものであるから、右の指定にもかかわらず控訴人の申請に許可が行われなかつたことについての控訴人の非難はあたらないのである。」

5 控訴人の主張

(一) 日本専売公社は昭和六〇年四月一日解散し、新たに被控訴会社が設立され、右公社の地位が右会社に承継され、また日本専売公社中部支社長の地位は右に伴い被控訴人東海財務局長に受継された。

(二) たばこ専売法三一条一項三号、たばこ小売人指定関係規程三条、五条一項二号、二二条二項による小売人の指定についての距離制限、これに基づくたばこ小売人の営業許可制(同法三〇条三項)は、職業選択の自由を保障する憲法二二条一項に違反する。

すなわち、一般に、営業の許可制が合憲とされるためには、第一にその規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、第二に目的と手段との間に合理的関連性が存在すること、第三に規制によつて失われる利益と得られる利益との間に均衡があること、の三要素の充足が必要であるのに、本件のたばこ小売人に関する許可制の定めは、次のとおり、右の三要素を充足していない。すなわち、

(1) 規制目的に正当性はない。

原判決のいう国の税収確保という目的は、本件小売人に関する許可制を正当化する目的になりえない。なぜなら、右のような目的は、憲法が基盤とする自由経済の原理に反するし、このような目的による営業の許可制が許されるとするならば、国民の経済活動の広い領域において国民の従事する殆ど全ての職業を国家の許可制の下におくことも憲法上許容されることになり、憲法二二条一項が空文化される。

また、原判決のいう均等供給も本件許可制を正当化する目的になりえない。なぜなら、たばこにあつては、被控訴会社(処分時の専売公社)が製造を独占しており、品質低下という恐れは考慮する必要がないからである。右の均等供給の意味が、全国いかなる地でも同一品質のたばこを同一金額で販売し国民の日常生活の需要に応じることにあるとすれば、それこそかかる理由で営業の自由を規制することは許されない。なぜなら、もしこのような理由によりたばこのような嗜好品の販売について営業の自由を規制する根拠となりうるならば、殆ど全ての販売業が国の許可制の下に置かれうることになるからである。

(2) 目的と手段との間に合理的関連性がない。

仮に税収確保なる目的が本件許可制を正当化する目的になりうるとしても、酒類販売業と違い、たばこの販売にあつては、その製造が独占され、かつ、販売業者はたばこを仕入れるにつき消費税を含むたばこ代金を前払いしなければならないから、業者が倒産しても、税収の確保に消長はないのである。またそもそも、製造が独占されているたばこについてはその販売業者を規制する合理的必要がないのである。粗悪品が売られる恐れはないし、その場合でも指定の取消等で充分賄えるのである。

(3) 利益不利益の均衡が保たれていない。

本件許可制を採用し規制した場合、これによつて国に加えられる税収確保の利益は小さいのに、この許可性の下で、不許可処分を受けた者は職業選択の自由を奪われ、その不利益は重大深刻であつて、この両者は著しく均衡を失している。この点につき薬事法による薬局等の適正配置の規制を違憲なものとした最高裁大法廷判決(昭和五〇年四月三〇日)の趣旨が参照されるべきである。

6 被控訴人らの主張

控訴人の主張5(一)の事実は認めるがその余の5の主張は争う。

7 当審における証拠関係は当審記録中の書証目録記載のとおりである。

理由

当裁判所も控訴人の本件訴中「被控訴人東海財務局局長(訴訟承継前日本専売公社中部支社長)が控訴人に対し、昭和五七年八月一一日付でなしたたばこ小売人資格喪失処分の取消」を求める部分は不適法であり、その余の訴にかかる請求は理由がないものと判決する。その理由は左に付加訂正するほかは原判決の理由と同一であるからここにこれを引用する。

一 原判決二九枚目表四行目に次のとおり加える。

「一 日本専売公社は昭和六〇年四月一日解散しその地位が被控訴会社に承継されたこと、これに伴い日本専売公社中部支社長の地位が被控訴人東海財務局局長に承継されたことは当事者間に争いがない。」

二 原判決二九枚目表四行目の冒頭の「一」を「二」と、三五枚裏二行目冒頭の「二」を「三」と、四五枚目表二行目冒頭の「三」を「四」と五二枚目裏二行目冒頭の「四」を「五」とそれぞれ改める。

三 原判決四〇枚目表五行目と七行目の各「準用」をいずれも「類推適用」と改める。

四 原判決四四枚目表一一行目のあとに次のとおり加える。

「次に昭和六〇年四月ころ事例〈6〉のような指定がなされたことは当事者間に争いがない。しかしながら成立について争いのない乙第三号証第一三号証ないし一五号証弁論の全趣旨により成立を認める乙第一二号証によると、右事例〈6〉は運用要領2、5、(3)ロ、(ホ)に定める「三〇〇世帯程度以上の団地内(商業区域が制限されている場合に限る。)の商業区域であつて取扱予定高が標準取扱高に達すると認められる場合」に該当し、標準距離の適用が除外される場合であることが認められ、ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。」

五 原判決四四枚目裏二行目の「……守られており、」のあとに「また事例〈6〉については標準距離の適用が除外される場合であり、」を加える。

六 控訴人は、本件小売人の指定についての距離制限、これに基づくたばこ小売人の営業許可制は憲法二二条一項に違反すると主張(5控訴人の主張(二))する。

そして控訴人主張のような三要素が右違憲の主張を判断するにつき一つの視点を与えることは首肯しうるので右三要素に関する控訴人の主張に沿つてこれを吟味することにする。

1 控訴人はまず規制目的に正当性がないと主張するが、たばこについては元来税収確保、均等供給等の公益的見地からその製造販売につき国がこれの機能を独占する専売制がとられており、本件距離制限、これに基づく小売人の営業許可制は右専売制の下で原判決説示のように小売場所の偏在、乱立を避け、売残り等による品質低下を防ぐために必要な規制であり、右の税収確保、均等供給という目的も右規制を正当化する一つの根拠となりうることが明らかである。そして、右目的のみによつて本件営業の許可制が正当化されるわけではないのであるから、右のような目的による営業の許可制が許されるならば、殆ど全ての職業又は販売業が国の許可制の下におかれうる、とする控訴人の主張は当をえない。また、たばこについてはその製造の実施が被控訴会社によつて独占されているから品質低下の恐れを考慮する必要はないと控訴人は主張するが、製造の実施が独占されているとしても前述した売残りや販売上の取扱い不手際等がたばこ商品の品質低下を招きうることは見易い道理であつてこの点の控訴人の主張も理由がない。

2 目的と手段との間に合理的関連性がないとする控訴人の主張について検討するに、本件営業許可制は税収確保のみを目的とするものでないから、酒類販売業との相違を強調する控訴人の主張はなお論拠薄弱といわざるをえないし、製造の実施が独占されているたばこ商品についても販売上粗悪品が出る恐れのあることは前述したとおりである。そして前記の小売場所の偏在、乱立、売残り等の防止のため、本件のようにたばこ小売人の指定、その営業の許可につき、環境区分別標準距離による規制(前記規定三条、五条一項二号、二二条二項等)をもつて臨むことについては、その間に合理的関連性があると解するのが相当である。この点の控訴人の主張も理由がない。

3 利益、不利益の均衡についての控訴人の主張についても、本件許可制を採用した場合における国及びたばこ消費者等の利便、そしてその程度と広がりを考えるとき、右の採用による利益が僅少なものと速断することはできないし、この許可制の採用によるたばこ小売業者一般の不利益、特に本件規制の内容と方法による右不利益の程度と広がりを考え、右の利益、不利益の両者を比較考量すれば、両者間に均衡が失われているとみることはできない。控訴人引用の判例は、医薬品の販売等をする薬局等の適正配置の規制に関するもので、元来専売制のもとにあるたばこの小売人の営業の規制が問題となつている本件とは事案を異にする。控訴人の前記主張も採用できないものである。

右の次第で、原判決は相当であるから本件控訴はいずれも理由がない。よつて、これを棄却することとし、行政事件法七条民事訴訟法八九条九五条にしたがい主文のとおり判決する。

(裁判官 海老塚和衛 高橋爽一郎 宗哲朗)

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